『彼らはSW19からやってきた』 ナイジェル・ウィリアムズ 高儀進訳 早川書房

彼らはSW19からやってきた (リヴァーサイド・プレス)

彼らはSW19からやってきた (リヴァーサイド・プレス)

 抱腹絶倒のコミックノベルと思って読みだしのだけれど、宗教がらみの部分では期待は裏切られなかった。降霊会の場面はスラップスティック満載であり、「尻にキュウリ効果」とか笑わせてくれるぜ。他にも教義はいかがわしくも愚かなものが多く詰め込まれていて、主人公のサイモンのつっこみとあわせて効果二倍の楽しさが味わえる。
 ここまでは期待どおりでおいしゅう頂いたのだけれど、思いもかけぬ収穫だったのは成長小説である点。そっちが主題にあると考えるのがふつうだと思うけれど、まあ想定していなかったのでご寛恕くだされ。サイモンは作中さまざまな困難にぶち当たる、例えば馬鹿でかい一物をほこる男とスカッシュをするなど。父親が急死してしまい、また母親は教会に没頭してしまい、息子の都合よりも教会を優先してしまうという苦しい状況。彼はUFOを信じていて、コンピュータゲームが大好きなごくふつうの人間なんだけれど、教会に取り込まれそうになりつつも踏みとどまって立ち向かうところは良いんじゃないかと思う。世の中を皮肉りつつ、自分は何もできないんじゃないかと思っていた人間が、自分のペニスが役に立つ日は永遠に到来しないとさえ考えていた人間が最後にはセックスが今か今かと出番を待っていると感じるんだから成長って偉大だと思うよ。そのきっかけになったのが二人の「父殺し」と、誰にもいえない秘密を持つに至る、ときたからには正統の成長小説というしかないね、やっぱり。
 極上のコミックノベルと成長小説が味わえる作品。がんばって古本屋で探しましょう。僕は何とか見つけました。

 『双生児』 クリストファー・プリースト 古沢嘉通訳 早川書房

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

双生児 (プラチナ・ファンタジイ)

 お金がないという理由で買う事ができず今まで読めなかったけれど、お金がないという理由で今まで読まなかった今までの俺死んでしまえ、というのが読後の感想。なにか理由があってまだ読んでいない人は万難を排して読むべきだ。お金がなければ人に借金しよう。時間がなければ寝る時間を減らそう。
 個人的な話はさておき、読む前に期待していたのはどんなトリックが仕掛けられているかであった。細かいところまでつめられて読んでいる自信はもちろんないのだが、疑問に思った事をしっかり覚えていれば迷宮をさまよう羽目にはならないと思う。それよりも語りに身をゆだね、味わうことのほうがより楽しめると思う。第二次世界大戦における状況や個々人の役割の部分はさすがプリーストとうならされる。文字を読んでページをめくるのが快感だったのはひさしぶり。思えば『奇術師』を読んだときもトリックよりも二人の奇術師の葛藤を書いている部分をより楽しんだ記憶がある。まあ『奇術師』はよく理解できなかったんだけどね。
 わからないんじゃないかとかSFやファンタジーはちょっとと思っている人にも、小説好きならだれにでもおすすめできる傑作だと思う。しかしガイ・ギブスンって有名な人なんだな。バクスターの『タイムシップ』にも出てきてたからびっくりだよ。

 『ブラッド・ミュージック』 グレッグ・ベア 小川隆訳 ハヤカワ文庫SF

ブラッド・ミュージック  (ハヤカワ文庫SF)

ブラッド・ミュージック (ハヤカワ文庫SF)

 まずあらすじ。研究所に勤めるヴァージル・ウラムはバイオロジックスという知性を持った細胞を創造するが、規制されている分野に手をつけてしまい、研究所側から破棄を命じられる。研究の成果を惜しむ気持ちから、知性を持ったリンパ球を体内に投与したところ、視力が戻るなど身体的な変化が現れる。しかしそれが世界的な変化をもたらす災厄の前触れになるのは知る由もなかった。
 186ページまでは文句なしの傑作。リンパ球がもたらす変化とその謎、どこに到達するのか、終着点が見えないところはSFの醍醐味であろう。視点は少し変化するが、焦点はヴァージルにあてられており読みやすい。しかし二つの事情があり187ページから378ページまでは3つの視点から物語が続いていく。一つの理由はここでは伏せておく事にして、もう一方の理由は謎を追う視点と災厄のもたらす変化を示すためであると思う。変貌した北アメリカ大陸ランドスケープならぬバイオスケープは詩情を醸し出していてすばらしいのだがいかんせん僕の感度がかなり低いせいで少し楽しめなかった。異世界描写は想像力が足らず苦手だ。毛布のようなものに包まれたニューヨークといっても壮大というより嫌悪感のほうが先に出てしまうような人間なので仕方ないか。感度が高い人にとっては後半のほうが楽しめるかもしれない。
 読んでいて思ったけれど人間原理というのは傲慢だよね。考え方は置いておくとしてもべつに人間じゃなくても良いからね。それと終わり方はどうなんだろう、あれをハッピーエンドと思う人間とは友達になれないのは確実だな。

 『恋人たち』 フィリップ・ホセ・ファーマー 伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF

恋人たち (ハヤカワ文庫 SF 378)

恋人たち (ハヤカワ文庫 SF 378)

 読む前の知識として、性を題材にしたショッキングな内容ということを知っていたのだけれど、時代が違うのだと感じざるをえない。この内容で非難されるというのは今の感覚では理解できない。
 まあその点は置いておくとして、シグメン教という宗教が支配するヘイジャック連合に住むジョートという便利屋(つまり、蛸壺化しないように、ある専門分野の知識を広範に身につける人。専門は言語学。)のハル・ヤロウは、妻のメアリと教義についてや子供ができない事などでいさかいが絶えない。そんな折、彼はオザゲンという惑星への遠征隊に参加する。到着した彼を待っていたのは、その地にはいないはずの美しい女性、ジャネットだった、というのがあらすじ。
 出会ってからは終始いちゃいちゃしているのだけれど、二人の間の価値観が違い口論となる場合がある。ぼくの感覚とはジャネットのほうが近く、教義によってがんじがらめになっているハルを次第に解きほぐす形になっており、ハルが住んでいる地球の社会の異質さを出そうとしている。まあ宗教で厳格になった社会というのはよく見るのだけれど。
 もうひとつ見所があるのだけれど、これはとてもわかりやすいジーン・ウルフだろうか。まあ見たことはあるものの、とここまで書いて思ったけれど、書かれた当時は目新しいものだったのだろう。それが以降の作品に手法として使われている。こういった作品をクラシックと呼ぶのではないだろうか。

 『フィーヴァードリーム』 ジョージ・R・R・マーティン 増田まもる訳 創元推理文庫

フィーヴァードリーム〈上〉 (創元ノヴェルズ)

フィーヴァードリーム〈上〉 (創元ノヴェルズ)

フィーヴァードリーム〈下〉 (創元ノヴェルズ)

フィーヴァードリーム〈下〉 (創元ノヴェルズ)

 船を失い経営に行きづまったアブナー・マーシュに共同経営を持ちかける者がいた。名をジョシュア・ヨークというその男は共同経営の条件として奇妙な提案をする、というのがあらすじ。
 この二人の関係を読んでいくのが本書の楽しみといっても過言はないだろう。共同経営者となった後もマーシュはヨークの奇癖に疑念を抱いており、信頼し合えるパートナーとなるに至らないが、ヨークの生い立ちや奇癖の真相を知ることにより友情を深めていく。まさに刎頚の交わり。一方の雄、ダモン・ジュリアンとサワー・ビリー・ティプトンとの関係との対比は、南北戦争前夜という時代背景にふさわしい。
 ならず者や荒くれ者も多く登場する男くさい物語であるが、魅力的な女性も多く登場する。美女も美少女も大きい子も小さい子も出てくるが美人薄命なのが悲しいよね。時の流れという仕方のない面もあるけれど、ふさわしい死に方死に場所があるよ。
 続きが気になって一気に読んだことが表すとおり、とてもおもしろかったのだけれど、SFじゃあないだろう。『SFが読みたい!』を見ると1990年のベストSFみたいだけれどそんなに不作な年だったのか?

 『ドリーム・マシン』 クリストファー・プリースト 中村保男訳 創元SF文庫

ドリーム・マシン (創元SF文庫)

ドリーム・マシン (創元SF文庫)

今周りで起こっている事が夢か現実かなんてことは哲学的にはおもしろい問いであるかもしれないけれど、平々凡々な日常を生きている人間であれば頻繁には考えないだろう。もし考える瞬間があるとすれば天にも昇るような気持ちになれる出来事があるか、逆に涙が出るほど情けなくなることがあるかどちらかだと思う。それも束の間かもしれないけど。
 ジューリア・ストレットンは150年後の未来へ意識を飛ばし、共に実験に参加している他の38人の無意識と共に牧歌的な世界を創り出している。その一人に欠員が出たため新たに投射のメンバーになったのは彼女と昔同棲していたポール・メイソンだった、というのがあらすじ。
 このポールが嫌な性格をしていて、罵倒し、弱点をあげつらうことによって相手を自分に依存させようとする粘着質な人間で、辟易閉口。さてこの男の闖入による世界の変化が見所だと思う。世界の変化と共に社会体制も変化してしまい、事態が錯綜して夢か現実かわからなくなってしまう。この辺は展開のめまぐるしさも『ユービック』だけれど筆致はやっぱり違う。迫真的な心情を描くのではなくもう少し客観的に描いているからかな。
 楽しいことがあればこれは夢ではないかと疑ってしまうことがあるけれど、愛する2人ならば夢だろうと関係ないんだろう。そもそも愛する二人の考えるユートピアっていうのは隔離された2人だけの世界ではなかろうか。誰にも邪魔することはできない。

 ようやく日記再開できそうです。

来年からの勤め先も決まったのでようやく日記を書く時間がとれそうです。これからも昔のSFを地道に読んでいくつもりですのでどうかよろしくお願いします。
 というわけで今はクリストファー・プリーストの『ドリームマシン』を読んでいる。話がなかなか進まないのでイライラするけどプリーストだから安心して読めるよなあ。書き手を信頼して読み進んでいけるのは幸福だね。来月には『双生児』を読む予定。未来におもしろい本を読むのが確定しているのは幸福だね。