[感想」テリー・ビッスン 中村融訳 『赤い惑星への航海』 ハヤカワ文庫

 テリー・ビッスンの、人類初の有人火星飛行を題材にした、正統的なハードSF。ビッスンらしく、NASAが売却されていたりと、風刺的な部分もちらほら見られる。
 ビッスンらしさは、より細かい部分にもちりばめられている。本文にはいってから2ページ目には、『世界の果てまで何マイル』や「熊が火を発見する」のような牧歌的なアメリカ南部に、会話と小道具でいざなってくれる。印象的な風景描写があるわけではないが、なんとも心地よい。
 風景描写は、火星への着陸の時に冴えを見せる。美しい風景が、高度や速度の数字読みと同時に、パノラマ風に展開していく2部後半は作中の最大の見所である。
 3部の後半には、大きなはなしと小さなはなしがあるのだが、大きなはなしにはあまり興味をそそられなかった。小さなはなしのほうは、センチメンタルであり賛否両論ありそうだけれども、僕は断然支持である。
 ネットをあさってみると大きなほうはヴォネガットだ、という指摘を見つけることができるけれど、小さなほうはあまりふれられていない。わざわざ書かなかっただけのような気がするが、まあいいや、書いておこう。この部分を読むと、ある短編を思い起こすはずである。別にビッスンが意識したかどうかは良くわからないが、状況といい人物の造型といい似ている。さてどちらのほうがいいかであるが、たとえマッチョというそしりを受けようとも僕は『赤い惑星への航海』のほうに好感を持つ。ウェットでべたべたなセンチメンタルさよりも、言いたいことを全て言わないカラッとしたセンチメンタルさのほうがいいじゃないかと僕は思う。
 思い起こさない人もいるかもしれないが、それはそれでしあわせだ。