イアン・ワトスン 『スローバード』 ハヤカワSF文庫

というわけでイアン・ワトスンの傑作短編集、『スローバード』。
序文にこんなことを書いています。
「アイデアやイメージを、ばかばかしさの論理的な執着点まで徹底的につきつめている。」
これは「大西洋横断大遠泳」という作品について語っているのですが、なんとまあすばらしい言葉ではありませんか。
刺激的かつ挑戦的な言葉です、読むのにそれ相応の覚悟というのがいります。許せるか許せないか、ということです。この本を積極的に読もうという人間ならここは軽くパスできると思いますが、間違ってこの本を取ってしまったあなた、そう、清潔な服装をして、元から知性を発散させている顔立ちの上に、眼鏡をかけてますますシャープな印象を与えているあなた、実はそんなあなたにうってつけな本なのかもしれません。読み終わった次の日に会ったあなたの友人の印象は、あなたの印象がとても変わった、と言うかもしれません、それが良い方か悪い方かは保証できませんが。

戯れ言はこの辺で、ここの作品の感想
「銀座の恋の物語」
ワトスンと日本のつながりという事で頭に置かれた作品だと思う。約25年後には中学生用の教材がクラブから生産される、そんなことを考えつくほど衝撃的だったのかなと思った。
「我が魂は金魚鉢の中を泳ぎ」
咳をしたら痰じゃなくて魂が出てきた話。みんなあんまり大騒ぎしていないけど、でも重大なことが起きたと理解している、微妙なずれがなんともいえない味を出していた。
「絶壁に暮らす人々」
世界は今後、悪くなるかもしれないし、良くなるかもしれない。悪くなると考えたら、今の生活も良いじゃないかと考えてしまう。
それが良いか悪いかはわからないけれど、そんな状況になったらスミアみたいな人間は賛否両論だろうなあ、うん、ひょっとしてSFも風刺しているのかな。
「大西洋横断大遠泳」
ばかばかしさに風刺もまじえつつ、まさに馬鹿にしていた隣の犬に噛まれるや。
「超低速時間移行機」
もう手が詰まっていると、信じたくないことも信じないといけない、まさに想定内。
「知識のミルク」
確固たる存在を手に入れる→次世代を誕生させることができる、というある意味成長小説的な見方もありかなと思う。いろいろと回り道をするかもしれないけど、大丈夫な未来、良いビジョンだなあと思った。
「バビロンの記憶」
あんまりよくわからなかった。うさんくさいというか、二重の意味で怪しい雰囲気が漂っていた。
「寒冷の女王」
冷戦が終わって熱戦に移行した、世界のもう1つの形。かなり絶望的な状況なのに、登場人物は何か頼りにできる物を持っているためかあんまり悲観していない。でもそれが狂気だからまして嫌な印象を受ける。
「世界の広さ」
おとし所がワトスンっぽくない。さわやかな印象だった。
「ぽんと開けよう、カロピー!」
タイトル変更でまず高得点。ポップな感じが出てきている。内容はポップで狂気、味付けに淫行罪となっております!。
「アイダホがダイブしたとき」
あんまり印象に残らなかった。まあこんな作品もあるさ。
「二0八0年世界SF大会レポート」
なかなか馬鹿馬鹿しい作品だけど、妙に絵になっている作品だ。テントとSF、似合うかもしれないなあ。
「ジョーンの世界」
認識が変わることで世界が変わることをうまく書いているなあと思う。いつの世にも頭のかたい科学者はいるもので。
「スローバード」
半径二マイル半に及ぶガラス盤、その周りにあるひなびた村、上空を飛んでいる、ゆっくりと飛んでいるスローバード、なんて絵になる作品だ

というわけで、次はテリー・ビッスン 『世界の果てまで何マイル』