[感想」 ウィル・セルフ 安原和見訳 『元気なぼくらの元気なおもちゃ』 河出書房新社

「尺度」のような作品を期待して読み始めたけれど、ちょっと違っていたなあと思う。でも短篇集としてよくできた作品が収められていて、不満は全くない。他の長篇や短篇集が訳されたら良いなあと思うけど、されないだろうなあ。それでは個々の短編の感想にうつる。
 「リッツホテルよりでっかいクラック」
 麻薬の売人をやって、その後軍隊に入り、除隊して家に戻ってなにをしようかという時に日曜大工をやるというところがおもしろい。軍隊に入って肉体的や精神的に変わったというのは、少し前の文章でわかるのだけれど、人生をまじめに生きるようになったことを示すのに日曜大工ほどわかりやすい言葉はないだろう。麻薬の売人と日曜大工の間にはどれだけの溝があるのだろうか。
 「虫の園」
 あらすじだけを考えるとものすごくシンプルなはなしなんだけど、辿りつくまでの過程が変すぎる。ハエ・ハンティングのところが好み。
 「ヨーロッパに捧げる物語」
 ストレートすぎる風刺小説だと思う。すごくよくわかる。何年に書かれたのかよくわからないけれど、ドイツに頼るしかないヨーロッパ、でもドイツは東西併合の影響のため、効率さが失われているという経済状況を描いているんじゃないかなあ。ハンフリーがなにかがよくわからない、イギリスってあのころ経済で将来の展望良かったかな?
 「やっぱりデイブ」
 精神分析をおちょくっているような気がするけど、まあよくわからない。
 「愛情と共感」
 遺伝子操作があるので、強引にSF認定しよう。これでこの短篇集を『このSFがすごい』のベストSFに投票できる。
 「元気なぼくらの元気なおもちゃ」
 地図帳を見ながら、グラスゴーはロンドンと比べてかなり北にあるんだなあなどと考えつつ読んだ。イギリスといってもイングランドしか意識しないものだ。
 「ボルボ七六〇ターボの設計上の欠陥について」
 あほですね
 「ザ・ノンス・プライズ」
 「リッツホテルよりでっかいクラック」にでてきたダニーとテーベが再登場するのだけれど、全く立場が逆になっているので誤植しているのかと思った。ドラッグへの誘惑の抑制、周到に手を回して販売網を広げていったところなど、そう未来は悪くないと思わせる終わり方だったのに、ドラッグに手をだして、軍隊生活で得た筋肉を失い、よれよれになっているのは落差がとても大きくて驚かされる。後半に、小説講座を受講するようになって、ドラッグをやって転がりつづける一方だった人生にもやっと光が指してきたようだったのに、キャル・デヴェニッシュのような「薬物依存の気がある」という噂を持つ人間に遠回りさせられる皮肉には、涙がちょちょ切れますね。