『グラックの卵』 ハーヴェイ・ジェイコブス他 浅倉久志編訳 国書刊行会

 国書刊行会の叢書〈未来の文学〉のアンソロジー2作品目。今年出版される予定の本の中で最も期待していた、ユーモアSFを集めたアンソロジーである。編者あとがきによると40年代から年代順にユーモアSFを並べ、ジャンルの進化の跡をたどれるようにしたと書いているけれど、スラデックだけ読むときに使う脳が違っていて、少し異質な感じがした。以下個々の作品の感想。
「見よ、かの巨鳥を!」 ネルソン・ボンド
 くだらない物語と確信を持って書いているところが良いよね。くだらない物語をくだらなく語るのではなく、くだらない物語を、くだらないと知りつつ、全力で語るところにユーモアSFは花開くのではないでしょうか。
ギャラハー・プラス」 ヘンリー・カットナー
 一癖あるロボットはユーモアSFによく出てくるような気がする。本作もその例にもれず、ナルキッソスというロボットがでてくるが、このロボットとギャラハーのやりとりが楽しい。とんちんかんなことを言うだけでなく、助言もしっかりするところがまた憎めない。あと頭文字A〜Z酩酊お酒はしごと言える場面は必見。
「スーパーマンはつらい」 シオドア・コグスウェル
 良い邦題だと思う。原題だと身も蓋もなさすぎる。機械の万能を語っている部分は時代がかかっているなあと思う。
「モーニエル・マサウェイの発見」 ウィリアム・テン
 ぼんくら天下を獲る!という話かと思いきや、ちょっと違った方向に話が流れていった。しかしさて彼はどうなったのかなあ。どこにいってもぼんくらっぷりを発揮するんだろうかねえ。
「ガムドロップ・キング」 ウィル・スタントン
 既読のため省略。
「ただいま追跡中」 ロン・グーラート
 楽しいなあと読めてしまい、数日たったらきれいさっぱり忘れていそうな話だった。それはそうとマルチ・オプ探偵マーチが気になる。
「マスタースンと社員たち」 ジョン・スラデック
 くだらないことがそこらじゅうにばら撒かれていそうだけれど、回収率は低かったと思う。でも分かった範囲でも十分笑うことはできたから底が知れない。特におもしろいと思ったところは、非弁護士のクラーク・マーキーのしゃべる言葉。無駄に難しい言葉を使っているようで訳は難しかったのかもしれない。第十五課のような人種や宗教をネタにしたブラック・ユーモアもおもしろかった。あと図入りというのが良い。丁寧にフローチャートを矢印で図示してあるけれど、そこで行われていることはさっぱり無意味でおそろしい。無意味な図ほど無用なものはないのである。そこが好き。
 すかっと読めてオチも決まっている作品というのは読んでいる時点ではとても楽しいのだけれど、すぐに忘れてしまう。けれどもところどころに意味不明な箇所がある作品は読み終わった後でも作品も作者の名前も気になりつづける。作者側の問題であればそれは技量不足であろうし、ほうっておいてもいいが、スラデックだからひっかかるけれども解することができない部分は読者側の問題であるはず。でもすぐに再読しても恐らく解る部分は変わらないだろうから、少し時間がたって脳の結線が変化した頃再読するつもり。『スラデック言語遊戯短編集』が欲しくなってきた。
「バーボン湖」 ジョン・ノヴォトニイ
 すべての読書家がバベルの図書館にあこがれをもつように、すべての酩酊家はバーボン湖にあこがれるのである。君も行こう、バーボン湖へ。ビーバーと酒友達になれる、すばらしいことだと思わないかい?
「グラックの卵」 ハーヴェイ・ジェイコブズ
 公式には絶滅種とされているグラックの受精卵を、故郷のフランドルで孵化させるまでの道中を描いた作品。この道中に旅立つきっかけになったヒーコフ博士が最初から、中盤は置いといて、最後までどんな状況でも異彩を放っている。ハワード・ウォルドロップの「みっともないニワトリ」を思い出しました。